優先席とスマホ

今晩も、帰りが26時を過ぎましたが、昨日書こうと思っていたことを書きます。

それは、電車の優先席でスマホをやっている人達のこと。

心理学とは若干離れるかもしれませんが、最近、めっちゃ気になるので、書きます。

そもそも、我先に優先席に座ることさえ、何か抵抗感のある私にとっては、二重の罪に見えるのです。

私は、小さい頃、怖い親父の教育方針で、よほど空いていない限り、電車の座席には座らせてもらえませんでした。「ただで乗ってるんだから」「大人の半分しか運賃を払ってないんだから」という理屈もありましたが、小児喘息等で病弱だった私を鍛えようという両親の愛の鞭だったと思います。習慣とはすごいもので、また、両親の気持ちも理解し、いつしか「座りたい」と言うこともなくなりました。

今でも、子供を座らせて立っている親を見ると、非常に違和感を感じます。立たせておくと危険だから座らせておいた方がいい場合もありますから、一概には言えませんが、他人の子供に席を譲って親切な大人を演じようとする方々にも、私は賛同できません。子供にとって足腰を鍛えるチャンスを奪っているとさえ、思えます。そうやって子供をスポイルしていると、いわゆるお坊ちゃま学校に通いながら、電車のドアが開いた途端、ダッシュで席を取りに行く小学生とかが発生するのです。嘆かわしい限りです。

そういう私ですから、優先席には座りませんが、その、私にとっては座るだけで抵抗のある優先席でスマホをいじっている人の多いこと、多いこと。

「優先席では携帯電話のご使用を・・・」は、今でも有効のはずですが、以前なら注意しそうな側のおじさん達まで、必死にスマホをいじってる。今朝も、目の前に高齢の方がいるのに、スマホに夢中なのか、手元に視線を落としいて気付かなかったというのか、席を譲ろうとしない若者を見かけました。

もしかしたら、一昨日本ブログで書いたとおり、スマホに夢中になりす過ぎ、周囲が見えにくくなっているのでしょう。

さて、優先席でスマホをいじっている方々は、「スマホは携帯じゃない」とでも言うのでしょうか?ガラ携と違い、スマホは形が携帯ゲーム機に近いので、何となく、その使用が許される気になってしまうのかもしれません。私の中では、ガラ携帯はネットにもつながる電話、スマホは電話もできるコンピュータであり、優先席での使用という意味では同様だと思うのですが、最近のスマホは使用してもいいことになったのでしょうか?

確か優先席に貼ってある注意喚起の絵で、携帯電話の絵をガラ携でなくスマホの絵にするとか、したとかいう電車もあった気がしますが、人は、「みんなもしてるし」という感覚になりがちなので、時々、広報啓発の方法を見直す必要があると思います。一昨日のブログで書いた邪魔なリュックも、そういう意味では、防犯の観点も加味して啓発していく手もあるのではないでしょうか?

と、またつらつら書いてきてしまいましたが、(そもそも優先席には座らないという私は極端としても、)優先席で老若男女がスマホをいじっている情景を見て、皆さんはどう感じられていますか?