耳を疑う(検察まで!)~ストーカー続編

12/4に書いたストーカー事件についての続報ですが、警察も検察もきちんとやっていただいているようではありますが、検察官が「あまりにも実害がないので起訴できないかも」という趣旨のことを言っているらしい。

言わんとすることは分かりますよ。でも、もし本当に被害者に「実害がない」という言い方をしたとしたら、耳を疑います。

体調崩して仕事休んだり、色んな行動が制約されたり、メールやメッセンジャーが来るたびに怯えたりし、果ては尾行して家まで突き止めて見張られ恐怖を感じたりしたことが「実害」でなく、いったい何なのでしょう。

事件として起訴が難しいことの説明として、「実害がない」という表現(少なくとも被害者はそう受け取った表現)を使うボキャブラリーの貧困さ、デリカシーのなさにはあきれます。少なくとも、当事者として、被害者のために何とかしてあげよう、という気持ちがあれば、そんな表現が出てくるとは思えません。

当事者(今回は、検察官)は、「そんな言い方してない」とか、「そういうつもりはなかった」と弁明するかもしれませんが、彼らがどう言ったか、でなく、そう伝わったこと自体が問題なのです。

もちろん、LINEのやり取り(削除してしまったものを含め)の解析等含め、色々手は尽くしてくれているようですが、やることをやっても、きちんと説明できなければ、「やっぱ、警察も検察もストーカーの被害者なんかちゃんと相手してくれないんだ、被害者の気持ちなんて分かってくれないんだ」になってしまうと思うんです。

もし不起訴になって出てきちゃったら、それはそれで、万が一加害者がまた変なことしたら、ただじゃ済まさないつもりですが、やはり、警察や検察には、事務的に捜査を進めるだけでなく、特にこの種事案に際しては、できる限り被害者に寄り添っていただきたいなあ、と思うんですよね。

それって、無茶ぶりでしょうか?